烈にとって教室での忌まわしい一件から一週間。 表面上、豪とは変わらぬ兄弟の関係を続けていた。 04.体育倉庫 行為の後、意識を手放した烈が目を覚ました場所は自宅のベッドの中だった。 側に居た豪に目が覚めた?と問われ、瞬間的に体がすくんだ。 あまりにも変わらぬ豪の態度に、一瞬悪い夢だったのか、と頭をよぎったが 体に残る痛みや豪のねっとりとした視線に自分の考えが甘かったことを思い知る。 結局、教室で実の弟に犯されたショックは烈の深層心理に『恐怖』という形で刻まれた。 あまり構えないでよ。とシニカルに笑う豪に、烈はベッドから身を起こしなるべく距離をとろうとした。 細かく震える烈に豪は指を伸ばしそっと頬に触れたが、 ビクリと瞬間的に拒絶を示す烈に明らかに苛立ちを表す。 軽く舌打ちでもしそうな雰囲気は無意識に烈の恐怖心を煽った。 けれど、それもほんの一瞬で豪はすぐに笑顔を見せる。 「兄貴ってホント、かわいいよな。」 言いながら、烈の頬から顎まで指を滑らせ、そのまま自身を抱きこむように烈の前でクロスされた両腕にそっと触れて さらに手の甲から肘までをゆっくりと撫でた。 寒さに震えるように、豪の挙動に怯える烈の瞳にうっすらと涙が浮かび始め、 豪はふっと微笑んだ。 「安心してよ、烈兄貴。兄貴が『兄弟』でいたいって言うなら、 大人しく兄弟で居るよ。」 「…ご…ぉ…」 明らかにほっとした表情を見せる烈に、ため息混じりに豪は続けた。 「ま、家の中でだけは、ね。」 豪の言葉に、烈は大きな丸い目をさらに開いて、疑問符を浮かべた。 目は口ほどに物を言うというが、混乱の中にあって烈のそれは豪の目から見ても 幼い子供のような仕草に見えた。 そして、ゆっくりと言葉を区切るように告げる。 「オレは、兄貴が好きだから。キスしたいし、抱きたい。 でも兄弟だから、家の中でだけは兄弟として接することにした。」 腕を撫でていた手を烈の前髪に移動させ、少し汗ばんだ額に手のひらを当てた。 そのまま烈の髪をかきあげ、指からさらさらとこぼれる髪の感触を楽しむ。 「家の外では…オレもただの男だから。正直何するかわからねー。」 特に、もう一回味を知っちまったから…と呟く豪に烈の顔がざっと青ざめた。 「…っ……それは…ご…」 声までも震え出した烈の唇を豪は軽く指で制する。 「言っとくけど、オレだって獣みたいにどこでも欲情する訳じゃないよ。 あんなことしておいてなんだけど、兄貴の事すごく大切にしたいって思ってるし、 できれば兄貴にもオレを好きになって欲しいと思ってるから。」 豪の親指がゆっくりと烈の唇を左右に撫でる。 「強姦しておいてこんな事言うの、都合が良いって思ってる? でも、烈兄貴だって悪いんだぜ。オレのこと追い詰めるから。」 「…僕が…悪いっていうのか?」 豪の言葉に烈が眉を寄せる。 その表情を見て、豪は嬉しそうにベッドに片膝を乗り上げ烈を壁に追い詰めた。 突然の行動に烈は豪から逃れようと反射的に体を引き上げるが、逃げ場はなかった。 「逃げたろ、オレから。」 「………っ…そんなこと…ない…」 「いいや、逃げたね。」 「豪…!」 「何度も話あるってオレ言ったよな? その度に兄貴は宿題だの寝たフリだの風呂だの…。逃げただろ?」 一呼吸置いた後、豪は右手を烈の顔の横について、そのまま身を乗り出し吐息が触れそうなほど唇を近づけた。 「オレが、怖かった?」 烈は震えながら呼吸をひそめて瞳をぎゅっと閉じてしまった。 それが豪の嗜虐心を煽るとも知らずに。 「オレがどんな話したかったか、兄貴気づいてたろ? 兄弟で居られなくなるの嫌だった?それとも、家族にこんな事言われるの気持ち悪い?」 「違う…っ…僕は…」 「まぁ、もうどーでも良いけど。」 烈が顔を背けたために正面に向けられた頬をねっとり舐め上げ耳朶を甘噛みした。 「っ…ひっ……!」 ビクリと反応する体を満足そうに眺め、豪は耳に吐息を吹きかけるように続けた。 「後先逆になったけど、オレは烈兄貴が好きだよ。」 ゴーカンしちゃうくらいにね、と囁かれ烈はそっと瞳を開いた。 「僕に…どうしろって言うんだお前は…。どうして欲しいんだよ…。」 「カンタンだよ。オレを好きになって、烈兄貴からオレを欲しがってよ。 …待つのは慣れてる。」 ベッドから身を起こし、豪はそのまま立ち上がって部屋から出て行った。 一人残された部屋で、烈は膝を抱えて痛みに軋む体を抱きしめた。 体の傷が癒えても、心の傷が癒えることはなく。 一週間、豪の挙動に怯えながらも烈はなるべくいつも通りの態度を心がけていた。 そんな烈の対応を知ってか知らずか豪もいつもと変わらぬ兄弟として必要以上の接触も持たず、 適度な距離を取っていた。 「星場、お前最近調子悪そうだけど何かあったか?」 最近烈の様子がおかしいことに気づいた八田が、日に日にやつれていく烈を見かねて声を掛けた。 「いや、大丈夫だよ。そんなに具合悪そうに見えるか?」 女子はバドミントン、男子はバレーボールという体育の時間。 試合の無い八田と烈は壁にもたれて白いボールを目線で追っていた。 「顔面は蒼白だな。」 銀縁の眼鏡フレームをくい、と上げながら八田は告げた。 長い付き合いだけあってズバズバと言い当てる八田に烈は苦笑をもらした。 「やっぱそう見えるか…」 「ま、俺とお前の付き合いだからだろうな、気づくのは。お前は隠すのが上手い。」 「褒め言葉か?それ。」 自嘲気味に呟いて烈は壁から身を起こし、片膝を抱えた。 「褒めてはないな、弟の事については赤ん坊並に無防備になる。 隠すのは上手いが俺にしてみたら弟絡みだってバレバレだ。」 ぴくりと肩が揺れ、烈はそのまま膝に額をつけ深くため息をついた。 「何かあったのか?あの破天荒な弟と。俺でよければ話を聞くぞ。」 泣き出しそうな烈の気配を察して、八田はうつむく烈の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。 流石に実の弟に強姦されて愛を告白されました、などと相談できるわけもなく。 「…抱えきれなくなったらお願いするよ。」 ポツリと呟いた言葉に八田も事情を察してそれ以上の追求はしなかった。 「しんどくなったら話せよ。話くらいなら聞いてやる。」 「…あぁ。」 変調を気づかれたのは烈にとっては誤算だったが、八田のさり気ない気遣いに心が解れた。 正直、一週間どのように豪に接して良いか分からず重苦しい気分で過ごしていた。 極力豪と二人きりにならないように、家でも居間で過ごす事が多かった。 登下校の時間もさり気なくずらして生活していたが、なんとも気まずい雰囲気が流れているのは気づいていた。 豪の性格上、そろそろ烈から何かアクションを起こさなければ またどのような形で感情が爆発するか分からない。 烈は豪を全面拒否する事はできなかった。 豪の言うとおり、烈は逃げていた。 逃げたことによってこういう結果を招いてしまったなら、少なからず責任は取らなければ、と考えていた。 烈が豪を好きになるか、ならないかは置いておくとして。 お互いに歩み寄れる位置を探したい、というのがこの一週間考え抜いた烈の答えだった。 「考えごと?」 不意に声を掛けられ、烈は振り返った。 授業後ポールやネットは既に片付け終わり、ボールカゴを返しに来たところだった。 八田やクラスメイトは既に着替えのため更衣室に引き上げていて回りに人は居ない。 「豪…」 「兄貴、オレ待つのは慣れてたし結構我慢強いと思ってたんだけど。 でも嫉妬深かったみてー。」 無表情に後ろ手で体育倉庫の扉を閉めながら、豪は烈との距離を詰めた。 背後をボールカゴに阻まれ逃げ場を失った状態の烈は、豪が詰め寄るまま腕を取られ そのままその両腕の中に乱暴に収まった。 「八田と何話してた?」 それまでの声のトーンとは違う、地を這うような声音に烈の体が震え始めた。 「一週間、オレのことは微妙に避けておいて八田には頭撫でさせるんだ。」 「違っ…豪…聞いて…」 「何が違うって?」 植え付けられた恐怖からか、上手く言葉が出てこない状態の烈の言葉を奪って豪は続けた。 「八田は良くて、オレはだめなのかよ?」 早めに移動教室から戻ってたまたま見かけた光景は豪にとってひどく神経に障るものだった。 八田と烈は何もない、そうは分かっていても八田には触れることを許す烈が赦せなかった。 ギリギリと烈を抱きしめる腕に力が篭る。 「痛っ……豪…くるしぃ…」 息苦しさのため呼吸が荒くなる烈に、一週間前の姿がフラッシュバックする。 寄せられた眉、目じりに浮かぶ涙が豪の劣情を刺激した。 「教室よりは、マシ…だよな。」 「…豪…?」 「マットもあるし、体操着なら多少汚れても洗濯すりゃいい。」 言うが早いか、軽々と烈を持ち上げ体育倉庫の奥、積み上げられたマットの上に運ぶ。 「嫌…っ…豪!話を聞け…」 豪が何をしようとしているのか気づき、烈は力一杯暴れた。 抵抗する烈の両手を片手で押さえ、蹴り上げようとする膝を空いている手で掴んで開かせると、 その間に体を滑り込ませた。 「やだ…っごぉ…やめて…」 恐怖のあまり泣きじゃくる烈を見下ろし、豪は烈の耳元に吹き込んだ。 「そういや、コレはまだだっけ?」 噛み付くように烈の唇を奪い、瞬間的に閉じられた歯列を強引に割って舌を絡め取った。 「…ん…っぅ……」 頭を振って逃れようとするが、がっちり顎を掴まれされるがままの状態から脱しきれない。 豪の舌はそれ自体が意志を持っているかのように、烈の咥内を蹂躙する。 上顎を舐め、頬の内側を舌先でなぞる。 ビクリと跳ねる体を押さえつけ、豪はようやく長い口付けから烈を解放した。 「これ以上暴れんなよ烈兄貴。優しくしたいと思ってるんだから。」 「…勝手な事を…っ…」 烈の朱をさした頬や瞳の端に浮かぶ涙を見下ろし、豪は満足気に微笑んだ。 「上等。嫌々言ってるだけの兄貴じゃものたりねー。兄貴らしくない。 目一杯抵抗してみろよ。オレはそれで構わない。」 もう一度烈の唇にキスを落とし、豪は体操着の裾から手を滑り込ませた。 「…っ……!」 「煽ったのは自分だろ?烈。」 豪の言葉に、烈は完全に体の力を抜いた。 「ごぉ…」 観念したように、烈はようやく豪を正面から見つめた。 「こないだみたいに痛いのは嫌なんだ?」 唇をかみ締め、視線を逸らして分かるか分からないか程度小さく頷いた。 「…いいよ。 俺は烈を大切にしたいと思ってるし、優しくしたいと思ってるんだから。」 「それこそ、勝手だ…」 拒否権など無い烈にとっては、せめて痛みを伴わない道を選ぶしかない。 力でもかなわない烈から見れば、組み敷かれてしまったら結局は豪の独壇場なのだ。 埃っぽい体育倉庫、硬いマットの上で烈は再び豪に体を拓かれた。 烈の望む妥協点はまだ見えない。 |
『01.教室』の続きでございます。 裏行きを覚悟していましたが、思いのほか導入部分が長くなってしまって 表で収まりましたぞ! 雲にしては珍しいことです。 たぶん、このシリーズは続きます。 次は学校のどの場所が良いでしょうか |