03.図書室

学校の奥まった西校舎の4階に図書室がある。
烈は利用者の少ないその図書室で、一人静かに読書をしていた。
今日は豪と一緒に帰る約束をしていたのだが、その豪が担任からの呼び出しを受けてしまったため
ここで時間を潰している次第だ。

何気なく手に取った本が面白く、烈は席に着かず、本棚に背を預けて読みふけってしまっていた。
待ち人が来るまでにおそらくあと10分から20分はかかるだろうか。
そんな事を考えた矢先、ふっと視界が翳り、次いで待ちわびた人物の声。
「見つけた。烈兄貴なんでこんなところで立って本よんでんの?」
「お前に、待ちぼうけ食らわされてるからじゃないのか?」
「ごめんって…俺だって好きで担任から呼び出されたわけじゃねー…」
本から視線を逸らさずに、烈は豪に尋ねた。
「どうして呼び出されたんだ?」
「体育祭の競技決めがなんたらって言ってたかな」
「ふぅん…」
聞いたものの、興味なさ気な烈は相変わらず本のページを繰って続きを読んでいる。
「それ、面白い?」
「まぁまぁ。」
頭一つ分上から豪が烈の手元を覗き込む。
不必要に近い距離に眉をひそめる。
「…近づきすぎだろ、豪。」
「そう?俺はもっと近づきたいけど。」
正面から逃げられないように本棚に縫いとめられ、ぐっと豪の顔が近づく。
「ねぇ、帰らないの?」
「あと5分待て。キリの良い所まで読みたい。」
額に豪の唇が触れる。
「…近すぎるだろ。…誰か来たらどうするんだ?」
内心焦りつつも、平静を装って文字に集中しようとするが、耳元でささやかれる豪の言葉が
烈の心を乱す。
「こんな宗教関連の文学コーナーに人なんて来ないよ。分かっててここで待ってたんじゃないの?」
「断じて違う。」
ため息をつきながら答える烈に、豪はくすり、と笑みを深くした。
「俺は、別に見られても平気だけど。」
烈の手から本を取り上げ、適当に本棚に戻すと、ゆっくり烈にキスをした。
「あ……ご…ぉ……」
非難するような、ひそやかな声。
その声ごと飲み込むように深くなる口付け。
始めは引き離そうと豪の背に回された腕も、今は縋るように制服を掴む。
学校の、何時誰が来るとも分からない図書室で豪からキスを受ける。
普段優等生として名の通っている烈としては豪のこの行動が信じられなかった。
抵抗するように顔を背けると、ゆっくり、名残惜しそうに離れる豪の唇。
「帰ろうぜ、烈兄貴。」
豪の腕から解放され、烈は軽く豪を睨む。
一体何時から豪はこういった行為を自分にするようになったのか。
切欠は分からないが、怒るタイミングをいつも絶妙にはぐらかされて、
気づけば当たり前のようになっていた。
烈には豪の心が見えない。
思春期に見られる性的好奇心を手っ取り早く自分で解消しているのかもしれない。
お互いブラコンだから、致し方ない点はあるかもしれない、と烈は結論付けたかった。
この問いに深く答えを求めてしまってはいけない、と心のどこかで警鐘を鳴らしていた。
今ならまだ、どうとでも取り繕える気がした。
うつむいてぎゅっと下唇をかみ締める烈に、豪が再び烈に手を伸ばす。
ぐいっと抱き寄せられて、烈の体がビクりと跳ねた。
「そんな顔、しないで。」
烈の頭頂部にキスを落とし、腕から解放した時、豪の背後から女子生徒の声が掛かった。
「あのー…そろそろ閉めたいんですけど。」
暗に早く帰れ、と言っている当番の図書委員に、振り返った豪はにこっと笑いかけた。
「わりぃ。すぐ出るよ。行こうぜ、兄貴。」
「あ…あぁ…」
もしや見られてしまったのでは、と瞬間的に血の気が引いてしまったが、
女子生徒の様子では見られていなかったようだ。
身長の高い豪の背が目隠しになっていたかも知れない。
少し安心して、鞄を取り図書室を後にする。


「烈兄貴さ、さっきの女子生徒に見られたかもって思ったでしょ?」
帰り道、隣を歩く豪から問われ、烈は言葉に詰まった。
「……お前、どうしてあんな事するんだよ…。」
詰まった変わりに質問で返してやると、豪は笑みを深めたまま問い返してきた。
「あんなことって?」
「……もういい…。」
本当は、真剣に豪の真意を問いただして止めさせなければならないのに、
大きな闇を孕んだような豪が恐くて烈にはそれが出来ないでいた。
「今日の晩飯はなんだろうなー」
うつむいてしまった烈の気持ちを察するようにさりげなく豪は話題を変えた。

牙を剥くにはまだ早すぎる。
烈が拒絶しきれないところまで追い詰めてからでなければ、意味がない。

「久しぶりにグラタンとか食べたいけどな。」
豪の話題転換にほっとしたような烈が相槌を打った。
そのあからさまな安堵の表情に、豪は苦笑した。









図書室でちゅーが書きたかっただけです。
えぇ。