僕は、自分が常識人だと思ってた。 中学校2年生の初夏までは。 でも…実のオトウトに恋心を抱いちゃうような、アブノーマルな人間だった。 そのことに気づいたときは、それはもうショックだった。 僕の身長はハッキリ言って低い。 小学校の頃からずっと低くて、それでも一応成長期というものを迎えて、 膝が痛いのも乗り越えた。 一つしか違わない弟、豪よりも順当に1年早く成長期を迎えて、 1年で40cmも身長が伸びたから、膝の痛みが引いても少しずつ伸びていくものだとばかり思っていたのに。 思ったとおりに事が運ばないのはこの世の性が、弟に運を全部持っていかれた為か。 僕の身長は中学校1年生の春以降、ぴたりと止まった。 身長計は、中学校入学時に165cmをさしたまま、この1年微動だにしない。 0.1cmでも良い。伸びて欲しいというのに。 …兄の威厳のためにも。 それに引き換え弟、豪は。 1年遅れて成長期を迎えたくせに、ぐんぐん身長を伸ばして今では175cmを記録している。 しかも、未だ発展途上。正直なところ、腹が立つ。 その上ひょろ長いんじゃない。 部活で筋肉もつけているためか、がっしりとバランスが取れた伸び方をしている。 マッチョというわけでも、力士というわけでもなく。 僕が理想としている(むしろ、こうなりたいと願っている)小マッチョタイプだ。 腹筋が軽く割れる程度。 上腕二頭筋のバランスの良さなんかうらやましさを通り越して腹が立ってくるくらいだ。 僕が心では羨んでいる事を知っている豪は、これ見よがしに風呂上りなんかに裸体を見せ付けてくる。 そう、豪に、恋心(?)を抱いているって気づいてしまったときも。 ゴールデンウィークも終わって、学校生活が落ち着きを取り戻し始めた頃。 僕と豪は二人で町の比較的大きな模型店に出かけた。 久しぶりにソニックとマグナムのパーツを見に行ったんだ。 中学に上がって、ミニ四駆から卒業したとは言ってもやっぱり大好きな事だし、 ソニックのメンテは時間があればやっておきたい。 それは豪も同じ気持ちだったらしく、どちらからとも無く誘って出かけた。 「まだ5月だってのに、本当アチーな〜…。俺溶けそうかも…」 「脳みそは年中溶けてるんだ。せめて体くらい維持しろ。」 「烈兄貴、それって超ヒデー事言ってるって思わねーの?」 「…思わない。お前は甘やかすとすぐ調子に乗る。」 「ヒデーや烈兄貴…」 いつもの他愛ない会話。いつものやり取り。 本当に、そんな感じで電車に乗って模型店まで出かけていった。 その途中、僕は電車に乗り合わせたおばあちゃんに席を譲った。 思えば、コレが転落人生(違)の始まりだったのかも知れない。 「おばあちゃん、良かったら座ってください」 「いいの?どうもありがとう。」 「いえ、良いんです。もう少しで降りますから。」 もともと、豪は立っていたし(体を鍛えるためだから座らない、とか言って意地でも座らなかった) どうせあと3駅もすれば降りる駅だった。 にっこりと微笑んで(豪はこの僕の笑顔に対して『悪魔の微笑み』と形容してくれる。)席を譲った。 何よりピンシャン元気な若者がお年寄りを差し置いて座席に座るなんて、僕の美学が許さない。 僕としては当然の結果として席を譲った訳だけれど。 「気立てが良くてかわいくて、自慢の彼女だねぇ。」 『…はい…?』 一瞬、僕も豪も何を言われているのか分からなかった。 おばあちゃんはなおも機嫌が良さそうに、豪に(なんで席を譲った僕じゃないんだろう)話掛けた。 「こんなにかわいい彼女じゃ、おにいちゃん悪い虫が付かないようにするの大変なんじゃない?」 「えっ?!えっと…あれ?…えーっと…まぁ…はい。」 ま、豪のミジンコ脳みそじゃ何を言われているか理解がおっつかずに適当に相槌を打つのは目に見えていた。 頭をかきかき、見方によっては照れているような仕草をしないで欲しい。 「でも大丈夫!おにいちゃんも良い男だから。安心しなさいよ」 なおも笑顔で話掛けてくるおばあちゃん。 「あ、どうも。」 『良い男』と形容されたのが嬉しかったのか、今度は本当に照れながら豪はペコリと頭を下げた。 当然、真っ白なのは僕で。 ねぇ?とおばあちゃんから話を振られても、曖昧に微笑むしかなかった。 しかも駅に近づいて減速した電車の慣性の法則についていけずによろけたところを、 豪に腕を支えられることで何とかバランスをとった。 「ホラ、あぶねーから。どっかにつかまんねーと…」 注意を促され、我に返った僕。 こころなしか、未だに『良い男』に照れているのか、見上げた豪の顔が赤かった。 「あぁ…悪い。」 なんとか、一言だけ発してつり革に掴まると、おばあちゃんは満足そうに微笑んだあと、 「いいわねぇ。若いって。仲が良くてうらやましいわ。私とおじいさんも若い頃は…」 とうっとりため息をついていた。 やっぱり、僕と豪はぎこちない笑顔を浮かべて。 あとは降車駅までお互い黙ってしまった。 そりゃ、身長は165cmで止まってしまいました。 クラスでも、僕の同じくらい身長がある女子、僕より大きい女子もいる。 豪は、僕より一つ年下なのに175cmはあるし、13歳にしては、高いほうに入るだろう事も理解できる。 まぁ…どちらかというと僕の顔が女顔であることも、百歩譲って認識しているとします。 でも。まさか、見ず知らずの人に女の子と間違えられるとは。 しかも、豪と並んでカップルに見られるとは正直思っていなかった。 おばあちゃんの何気ない一言で、気まずい空気が僕と豪の間に流れている。 「まぁ…その、さ。気にすんなよ烈兄貴!外見はどうあれ、兄貴の漢らしさは俺がよく知ってるし!」 「お前…ちっともフォローになってない。」 ヤバイ。弟に慰められて涙が出てきた。 駅から模型店までの道のり。 僕と豪は並んで歩きながら、お互いいろんなショックを隠しきれずにいた。 「烈兄貴と出かけるのはしょっちゅうだけど。まさか恋人同士に見えるとはなー…」 嗚呼、神様。弟の、ため息交じりの何気ない一言が、 兄の尊厳を木っ端微塵に吹き飛ばします。 物事気にしない性格の豪が、模型店についたら電車内での出来事など忘れてしまうのは目に見えていたことで。 「うおー!久しぶりだぜこの感じー♪」 と未だ打ちひしがれている僕を置いて一人ミニ四駆コーナーに突っ込んで言ったのは 言うまでもない。 結局、僕はおばあちゃんから受けた勘違いのショックが抜けきれず。 久しぶりの模型店も堪能できないまま手ぶらで帰途につき。 豪はパーツをいくつかゲットしたみたいだ。 隣では、はしゃぎながらこのパーツはマグナムのどこそこにつけて、とか また今度マグナム走らせてーなー、とか 久しぶりに勝負しようぜ、烈兄貴!、とか能天気な声がしている。 僕は、あぁ。とかうん。とか適当に返事しながら、 つくづく豪の頭がうらやましくなった。 家に帰ると、食卓の上に二人分の夕飯の支度とメモが残されていた。 「烈兄貴ー、かーちゃん町内会の集まりで夜遅くなるってさ。 メシ、これあっためて食べろって書いてある。」 「うん。読んだ。でもまだ夕飯には時間が早いから、先風呂に入っちゃえよ。」 「そうそう!俺もー汗だくなんだ」 先入っていいの?と聞いてくる豪にいいよと答えながら、 リビングのソファに腰を下ろしてテレビのリモコンに手を伸ばす。 ちょうど夕方のニュースの時間。 見るともなしに、テレビだけつけて流れるニュースを聞き流す。 頭の中はおばあちゃんの言葉で一杯だ。 僕って割と繊細だったんだな、と思う。 女の子に間違えられる事がこんなにショックだったとは。 小学校の頃ならいざ知らず。もう僕も14歳だ。流石に女の子に間違えられるのはどうかと思う。 二次成長も始まっているわけだし。 顔…は、まぁ小さいころから女の子に間違えられてた。 声…は…変声期を過ぎたとは思えないかもしれない。ちょっと高め…かも。 身長は可もなく不可もなくなんじゃないのか?! あとはスタイルとか服装だけど…。 僕の体にくびれなんてないし。女の子独特の丸みだってない。 それこそ小学生の頃は膝とかふくらはぎとかぷくぷくでコンプレックスだったけど。 成長期を迎えてそのコンプレックスもなくなったんだ。 きっと、おばあちゃんは目が悪かったに違いない。 「そうしよう!そういうことにしないと僕のプライドが…!」 「何がそういうことにするって?」 「おわっ!豪?!」 風呂上りの豪は、スウェットを履いて上半身にはタオルを引っ掛けただけ、という出で立ち。 僕が座っているソファの背後に立って、テレビを覗き込むように少し屈んでる。 「風呂、上がったよって言ってんのに、兄貴深刻な顔して考え込んでると思ったら、 今度は大声で叫び出すんだもん。俺の方がビックリしてるって。」 「あ…ごめん」 「なに?まだ電車でのこと気にしてんの?」 ソファから見上げた豪は。 我が弟ながら、惚れ惚れするような裸体だと思う。 僕もこうなりたかった。 いやいや、まだ中学2年生だ。僕も高校に上がるまでにはコレくらいになっておきたい。 今後のためにも。 「烈兄貴さ、怒るかもしんねーけど。やっぱりそろそろ自覚した方がいいと思うんだよね、俺。」 「…自覚って…何がだよ。」 くそー。うらやましい。 なんで豪ばっかりこんな恵まれた体格なんだろう。 僕はひそかに筋トレしたって腹筋はなかなか割れない。 それなのに、豪は部活で練習するだけでめきめき筋肉もつけて身長も伸ばしている。 部活の練習の内容がハードなのかも知れないけど…。 僕だって毎日腹筋100回はやってるんだ。 子供っぽいとは思いながらも若干、ふてくされた態度を取ってしまった事は、 多めに見て欲しい。 そんな僕に遠慮してか、豪も頬を指先でかきながら、言いにくそうにごにょごにょ話始めた。 「うーん…。怒らねーでくれよ?」 「僕が怒り出すような内容なのか?」 「たぶん。」 「じゃ、約束はできない。」 「烈兄貴おーぼー!」 「お前、横暴の意味わかって言ってんのか?いいから、言ってみろよ。 事と次第によっては怒らない。かもしれない。」 文句を垂れながらも、豪は意を決したのか僕に向き直って言い出した。 「烈兄貴はさぁ。本当、シツレーかも知れないケド、かわいいんだよね。」 「はぁ?!」 「だからさ、性格はめっちゃ漢らしいんだけど、黙ってればかわいいの!」 ソファの背側から、豪の腕が伸びて僕の肩を押す。 突然の行動に、僕は力を受けるまま、腰をひねる形で上半身だけソファに沈んだ。 豪の右手は僕の右肩を押さえつけたまま。 上から見下ろされる形になる。 「ごぉ…」 「なんか、どうとでもできちゃいそう…。」 豪の長い髪から僕の頬に滴が落ちる。 「…なっ…何言ってんだよ…!」 どうとでもできちゃいそうって…何が?! なんだこの体勢。 力篭ってないような感じなのに、なんで押し返せない? 僕、豪に押さえつけられてんのか?力の差まで歴然? ますます、僕の兄としてのプライドが、尊厳が!と考えていたら豪の顔が近づいてきた。 ドラマか映画のワンシーンのようにゆっくり時間が過ぎたような気がする。 僕、このまま弟にファーストキスを奪われるんだろうか。 なんて考えていたとき。 「だー!悪かったよ烈兄貴。ちょっとふざけすぎた。泣かなくてもいいだろ!」 「…?」 豪の顔も、腕も僕からすっと離れて首に掛けているタオルで僕の頬を拭う。 僕は、というと心臓はばくばくしているし、顔は真っ赤だったと思う。 「ごぉ…」 「俺が悪かったって。そんなに気にしてると思ってなかったから。」 だって、女に間違えられるのなんか小学生の頃から変わってないだろ?と呟く豪の頬に 久しぶりに僕の平手打ちが炸裂した。 「いっでー!!だから!謝ったじゃんかー!なんでパーなんだよ〜」 はたかれた左頬を押さえうずくまる豪。 「五月蝿い!グーで無かっただけありがたいと思え!!」 僕はソファから飛び起きて、脱衣所に逃げ込んだ。 キスされそうになっても逃げなかったどころか、 豪なら別にいいかな、とか考えてしまった自分が恐ろしい。 こうして、僕は激しい自己嫌悪と共に ソニックと走っていた頃以上のドキドキを豪に感じて、意識することになる。 |
烈兄貴が豪を好きかも?って意識し始めるきっかけです。 烈兄貴は豪が好きでも気持ちを打ち明けることなくきっと女の子と付き合ったり 普通に進学して大学出て、企業に就職して結婚すると思います。 でも、豪はそれを許してくれないんですねー。 雲的に、トリガは弟であってほしい。 と、いうか、豪くらいバイタリティが溢れていないと なかなか兄弟の壁を越えさせられない。。。 |