immoral conduct 不実


兄貴が結婚した。
2年も前の、さわやかな秋風が吹く11月。
折りしも大安吉日。晴天に恵まれて、めいっぱい、周りからの祝福を受けてた。
純白のウェディングドレスを着た新婦、俺にとっては義理の姉になる咲さんは、
とても幸せそうな顔をしていた。

とーちゃんもかーちゃんもすごく嬉しそうで。
昔っから『綺麗だ』『美人だ』と言われていた兄貴のグレーのモーニング姿もかっこよくて。
烈兄貴の隣に並んでも遜色ない美人の咲さんと、本当にお似合いの夫婦、と言った感じだった。

よく晴れた空、ほうき雲、さわやかな風―――。
どれもが二人の門出を祝福していた。
俺、以外は。



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「よーぉ!海(カイ)元気かー?」
「あー!ごぉー!!カイ、元気にしてたよー。いらっしゃーい」
星馬家から電車で20分ほどの閑静な住宅街。
1件のマンションの5階に、星馬烈・咲・海の住まいはある。
「あ、豪くんいらっしゃい。今日のお土産はなぁに?」
「咲さんしっかりしてんなー。今日は、咲さんが食べたがってた『シャンティ』のフルーツロール」
「あら♪そんな事言ってー。豪くんだってしっかり私のリクエスト覚えててくれたじゃない?」
星馬咲。烈の妻であり、海の母親である彼女は、肩甲骨まで伸ばした髪をアップにして、
白いTシャツにデニムパンツというラフな服装で豪を迎えた。
その手には、豪から受け取ったフルーツロールがしっかり握られている。
「咲さん今日兄貴は?遅くなるって?」
「んー。そうねぇ。一応、18時上がりって言ってたけど。どうかな〜」
るんるん、とフルーツケーキをカットし、紅茶の準備を始める咲。

このマンションには『幸せ』が一杯詰まっていて、正直豪は吐きそうだ。
烈が愛しているというこの女性、咲も、二人が愛し合って授かった海も。
豪にとっては廃棄物以外の何物でもない。

けれど仲良くしなければ烈が嫌がるから。
マンションに寄り付かせてくれないから。
豪は表面上は愛想良く振舞っている。
いつ何時、この感情が爆発するかも知れないが。

咲も海も烈の妻、子供でなかったら豪は本当に好きになっていたと思う。
人間として、咲も海も好きだ。
けれど、そこに星馬烈が絡むから―――。
豪は我慢が出来なくなるのだ。


兄、烈から『付き合いきれない』といわれてからも、
ずっとずっと豪は烈への想いを抱いてきた。
『答えられない』と言われれば言われるだけ、その想いは強くなるようで、
今では他の誰も目に入らないくらい。
本来であれば会いたくもない咲や海に取り入ってまで、豪は烈に会いたかった。

「はーい。海、豪くんからの差し入れよ〜。食べたかったらどうするのかなー?」
「おててを洗うー!ごぉー、手、洗うのてつだってー」
「おーっし、じゃあ洗面所まで競争だぞ。俺より早く着いたら、ケーキ食べて良いぞー」
海は、2歳ながらも良くしゃべる。
当初はなかなか豪になつかなかったが、今では豪にべったりで、烈もヤキモチを妬くほどだ。
洗面所で海を抱え上げ、豪は洗面所で水をだしてやる。
「ごしごし、ごしごし」
口に出しても綺麗になるかならないかには関係ないが、海は一生懸命に手を洗う。
小さいもみじのような手がすっかり洗われると、豪はそのまま海を抱えてリビングに戻った。

時刻は16時。18時に上がると言っていた烈が帰ってくるまであと3時間はある。
「そういえば豪くん、今日は随分と早かったけど、ずる休み?」
「んにゃ。こないだ休日出勤した分の代休。」
「そっか。やっぱりお仕事大変?」
「大変っつーか…やっぱ不規則なのが一番堪えるなー。」
「不規則なせいで豪くん彼女できないもんねぇ。そろそろいい年なのに…。」
「ほっといてくれよ、咲さん〜」
(それに、俺は彼女できないんじゃなくて、作らないんだよね…)
豪は胸中で呟きながら、出されたフルーツロールを食べる。
咲が食べたがってただけあって、スッキリとした甘さの中に、フルーツの味が活かされている、
そんなケーキだった。
「私の後輩にかわいい子が居るんだけど、紹介しようか?」
毎回差し入れしてもらってるお礼、といいながら咲はケータイを取り出した。
「んー。今は彼女作ってる余裕がないから良いや。ありがと、咲さん。」
「そぉ?もし気が変わったら言ってね。豪くんは良い男だから、きっと後輩も喜ぶわ♪」
「良い男って言っても、烈兄貴が一番だと思ってるんだろ?咲さんは。」
「当然!愛する旦那様が一番よ。」
うふふと頬を染めながら告げる咲に、豪はうまく笑いかけている自信が無かった。
(兄貴が一番、だなんてアンタに限ったことじゃない。俺にとっても一番なんだ…)
「あ、豪くん。今日夕飯食べて行くでしょ?私これから買い物に行きたいんだけど、
ちょっと海を見ていてもらっても良い?」
「マジでー?! じゃあ、俺の好きなコロッケとたこさんウィンナー作ってくれるなら。」
「豪くんって好きなものがうちの海と一緒…。まぁ良いわ。じゃあ今日はコロッケにするから。」
「らっき♪じゃ、留守番してるよー」
「ママどこ行くの?」
今まで一心不乱にケーキを食べていた海が気づいて、咲を見上げる。
「ママお買い物に行ってくるから、豪くんと仲良く待っててね?」
「わかった!ごぉと待ってる。」
海は元気良く返事をすると、豪の膝の上にダイブした。
「ごぉあそぼーあそぼー!」
こうして咲は買い物に、豪と海は部屋の中で遊ぶことになった。




「…はぁ…烈兄貴に会うためとは言え、ガキの面倒は疲れるよな…」
遊びつかれてソファで転寝を始めた海に、子供部屋からブランケットをとってきてかけてやる。
その後、リビングのテーブルに置かれたままだったケーキの皿や紅茶のカップを流しに持って行き、
かって知ったる何とやら、台所で食器を洗い始めた。
一通り作業が終わると、リビングに戻ってテレビを付けた。
海の側に座り、海を起こさないようにテレビのボリュームを絞る。
海のくりくりとした大きな瞳や長いまつげは、幼い頃の烈を思い出させる。
猫ッ毛の髪は今は若干汗ばんで首筋に張り付いていた。

「本当に、愛の結晶って感じでムカつくよな…」

ポツリと呟いたとき、玄関の扉が開いた。





「ただいま…って豪。また来てたのか?」
「あれ?烈兄貴早ぇんじゃねーの?咲さんの話だと18時上がりって…」
「今日は17時には上がれたんだ。」
薄いブルーのYシャツに深い青のネクタイをした烈がリビングに立っていた。
「咲は?」
「買い物。で、俺と海が留守番。」
「へぇ。で、海は寝ちゃったのか。パパがかえったぞー」
最後の『パパは…』の部分は海を起こさないように小声で、ソファの背もたれ側から、
寝ている海の頬に唇を寄せて呟いた。
その唇を奪ってしまいたい衝動に、豪は駆られた。

烈と普通の兄弟に戻って3年、さらに烈が結婚してしまって2年。
豪はもうこれ以上我慢が出来ないラインまできていた。
普通なら、5年も経てば想いは褪せるもの、と思っていたのだが。
とんだ間違いだった。
豪の思いは日に日に烈を求め、烈に似た女を抱いて気を紛らわせる日々が続いた。
最近では、女遊びではなく、咲や海と過ごす時間を作り、なるべく烈の近くに居るようにしている。
5年、今までこんなチャンスはめぐってこなかった。
咲は外出している。普段五月蝿く豪にまとわりつく海も今は夢の中。
愛して止まない烈と、今豪は二人きりなのだ。
加えて、この5年で烈は随分とガードが甘くなった。
今も隙だらけだ。
豪の中に、暗い想いが芽生える。
恋人同士でなくても、近くにいられるだけで幸せだと思っていたのに。
今、こうしてチャンスがめぐってくるとそんなもの目ではないくらいに、
たとえこの先烈に会うことすら出来なくなってしまっても、烈を手に入れたい衝動に駆られる。


「今日の夕飯は何だって言ってた?」
烈からの問いに、豪は胸中の思いとは逆に、笑って答えた。
「コロッケと、たこさんウィンナー。」
「それ、お前の好物じゃないか。旦那様の好物も入れてくれよ。」
苦笑しながらネクタイを外し、海を覗き込むため屈んでいた体勢を戻そうとしたその瞬間。
豪に強く腕を引かれ、烈は前のめりに倒れこんだ。
眼下では海が眠っている。
バランスを崩しても何とか海を潰してしまわないよう、掴まるものを求めて、
烈は海の隣に座る豪の肩を掴んだ。
そして、豪は―――。
倒れてきた烈を受け止め、そのまま烈に噛み付くようなキスをした。


「―――っ!!」
角度を変えて何度も何度も。
久しぶりに触れ合う唇は、それでも感触を覚えているようで、
二人で貪りあった日々をすぐに思い出させた。
「あ…ふっ…ご…ぉ…や……っ!」
歯列を割り、逃げる舌を絡めとり、烈の感じる部分を攻める。
バランスを保つので精一杯の烈は豪を突き飛ばすことも、キスから逃れることも出来ず。
豪のされるがままになっていた。
「烈兄貴…愛してるぜ、今でも…。前以上にずっと。」
「…ごぉ…っ…ん…」
キスの合間に告げると、烈は困ったように豪を押し返そうとする。
「このまま…兄貴を抱きたい。」
「!!…だ…めだ…海が…っ」
起きる、と続けようとして息を呑んだ。
Yシャツの首元ギリギリの箇所に、豪が軽く吸い付いた。
肌の弱い烈は、それだけでうっすらと内出血が出来る。
「あっ…」
「感じやすいの、かわってねーな。そんなんで咲さんを抱けんの?」
揶揄するように烈の耳元でささやいた。
耳の外郭を舐め、耳孔に舌を挿れる。
「あんっ…やっ…だ…ごぉ…」
「兄貴のその声、すっげー好き。すっごい、やらしい…」
恍惚とした表情で、豪は烈の耳になおも卑猥な言葉を流し込む。
顔を真っ赤にして、烈はふるふると頭を振る。
「やめるんだ…ごぉ…」
しかしながら、二人の体格差・力の差、で烈が豪に敵うわけも無く。
さんざん豪の好きにされてから、烈はようやく解放された。

その頃には、呼吸も、髪も、衣服も乱れ、
烈の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。
豪の低く官能的な声が、烈の鼓膜に残っている。

「豪…お前…まだ…?」
「兄貴にはわかんねーだろうな。5年も経ってるのにって思ってんだろ?」
「ごぉ…」
「さっさと結婚して、ガキまで作って。
それで俺から逃げられると思った?俺が、諦めるとでも思ってた?」
ソファから立ち上がり、豪は呆然と立ち尽くす烈に近づいた。
「変わらねーよ、俺の気持ちは。5年前と。もしかしたらそれ以上に、今でも兄貴を愛してる。」
近づく豪、後ずさる烈。
気づけば烈は壁際に追い詰められていた。
「豪…止めるんだ…こんなのは…」
「こんなのって、何?咲さんと兄貴だったらよくって、俺と兄貴じゃダメなワケ?」
烈を壁際に追い詰め、耳の横辺りに両手をついて閉じ込める。
「嫌だって泣き喚いても、傷つけても、無理やりにでも、俺今兄貴を抱きたい。」
「っ…豪…!」
烈のあごに触れる豪に、ビクリと身を堅くした。
「久しぶりだから、めちゃくちゃ感じんだろーな…。
すげー感じまくって乱れる兄貴が見たい。」
壁に肘をついて、烈との距離を更に縮める豪。
鼻先を烈にくっつけ、唇が触れ合うか触れ合わないかの距離に詰める。
怯えたように顎を引いて、少しでも豪から逃げようとする烈。
「豪、もうこんなことはしないって約束したはずだろ…」
「一方的に、兄貴がな。俺は約束した覚えなんてない。」
「豪…」
泣きそうになりながら、烈は豪を避けようと腕を突っ張る。
「烈兄貴…俺と、不倫しない?」
烈の耳に唇を寄せて、低く小さな声でぼそり、と囁いた。
「…っな…?!」
「また連絡する。もし会ってくれるなら、咲さんにも海にも何も言わない。
今までどおり接してやるよ。でも、そうでないなら俺達の関係を咲さんに話すぜ」
「豪…!」
「バラされるのが嫌だったら、兄貴は俺に抱かれるしかない。」
顔面が蒼白になり、ふるふると身を振るわせる烈。





「どうする?兄貴が決めて。」





永遠とも思えるような沈黙。
下唇をかみ締めてうつむく烈。
豪は、自分で酷いことを言っている、とわかってはいたが止められなかった。
5年間我慢した想い、豪が烈から受けた『結婚』や『子供』の苦痛を考えると、
許されても良い行為だと、考えていた。





「…わかった…。だから、咲と海には…」
「兄貴が俺との約束を守るなら、今までどおり、兄貴の結婚生活は変わらないよ。」





不毛な、救いがたい想いの果て、不実な関係が始まる―――――。










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烈結婚しちゃってるYO!子供までいるYO!
豪烈なのに、むしろ烈咲みたいな?!
しかもかなり暗い感じですよねぇ…。
どーしよー…。始めたは良いですが、絶対良い感じに終わらない。