うだうだ考えるのはヤメた。 もう決めたんだ。俺の唯一の人。 何があっても手放さないし、誰にも邪魔させない。 たとえそれが兄貴自身であっても。 はじめてものがたり 覚悟 昼間、『話がある』と豪から言われて烈は学校の下駄箱で待っていた。 もうほとんどの生徒は下校してしまっている。 烈は生徒会の集まりの後で、その間にカンナを駅まで送っていくと言っていた。 昨日の今日で、正直豪とどのように接して良いか分からないし、 もしかしたら豪の話も本格的な別れの内容かもしれない。 二人きりになるのが怖くて、八田にも残ってもらおうと思ったほど。 カンナと付き合うことになって、豪も烈と付き合うことに疑問を持ち始めたのかもしれない。 烈と兄弟同士で付き合うという酔狂な夢から、ただ、豪が正気に戻っただけかも知れないが…。 そう考えると烈の気分はだんだん沈んでいく。 知らず溜息が漏れるのにも気づかず、烈は背後の下駄箱にもたれた。 「憂える美少年、ってヤツ?」 突然、背後から聞きなれた声が聞こえ、烈は反射的に振り返った。 見慣れた、豪の笑顔。 「…豪…もう、いいのか?」 「うん。帰ろうか、兄貴。」 烈より高い位置から腕が伸ばされて、肩を抱かれる。 いくらほとんどの生徒が下校してしまっているとはいえ、ここはまだ学校だ。 「…豪…」 少し眉をひそめてこの行動を咎めるが、豪は動じずにより腕に力をこめる。 「黙って、兄貴。」 言葉は命令調なのに、声音はどこまでも優しい。 烈は黙って豪のしたいようにさせた。 ただ、豪が、豪の声が、こんなに優しいと勘違いしてしまう。 まだ自分は嫌われてはいないのだ、と。もしかしたらこじれてしまっている感情も、関係も、 修復できるかもしれないと期待もしてしまう。 悲しいけれど、回された豪の腕が心の底では嬉しいと感じる自分自身に、烈は情けなく笑うしかなかった。 駅まで二人で他愛ない話をしながら、時折下りる沈黙にすら心地よさを感じながら歩く。 「ちょっと、寄り道して行こうぜ、烈兄貴」 流石の豪も駅の人混みの中で肩を抱くというようなことはせず、 烈の袖をくい、と引っ張って人の流れに少しだけ逆らいながら歩みを進めていく。 どこまで行くのか、と烈がついて行ってみれば豪は適当なファミレスに入ってしまった。 一緒に入って席に通されると、目の前に座った豪が烈にメニューを見せる。 「ほら兄貴。ここのイチゴデザート美味しそうじゃねぇ?」 「ん?あ、ホントだ。期間限定なんだな。」 「そうそう。んで、明日までなんだよ。俺食べてみたくってさー。」 屈託なく笑う豪に烈の胸は締め付けられる。 豪の話がどんなものかは分からないが、この幸せな時間を壊したくなかった。 これからされるであろう豪の話がとても怖い。 豪を見つめながら、極力顔が引きつらないように注意を払って、烈も同じように微笑んだ。 「僕はストロベリークイーンパフェのデザートセットにするよ。コーヒーで。」 「あ!そのパフェ、オレが食べたかったのに!!」 口を尖らせる豪に笑いながら烈はメニューを指差した。 「お前が食べたがるだろうと思ってコレにした。」 ヒデーな、烈兄貴。と言いながら再びメニューとにらめっこしている。 「じゃあ…オレ、ストロベリーガレットとヨーグルトスムージーにする」 納得する組み合わせが見つかったのか、豪はさっそくベルを押して店員を呼んで注文した。 それぞれの品が運ばれてくるまで、烈は往来の人の流れをぼんやり眺めていた。 時折、豪の話に相槌を打ちながら豪が話を切り出さないことを祈っていた。 カンナと付き合うことになったって、一ヶ月我慢するだけで済むのであれば、 それで豪が自分の元に戻ってくるのであれば、別れることに比べたら何でもない事に思える。 自分自身、ここまで女々しいヤツとは思わなかったな、と他人事のようにぼんやり考え、 こっそり豪を見る。 盗み見たはずなのに、ばっちり目が合ってしまい、烈は慌てて目線を逸らした。 笑ってしまうくらい乙女っぽい行動に、我知らず顔が赤くなる。 「かぁわいい」 くすり、と微笑とかろうじて耳に入った豪の声。 いつもなら、反論の言葉も出てくるが今日はダメだった。 泣きたくなるくらい、豪が好きだと。別れたくないんだと。 豪の言葉にどれだけ一喜一憂している自分がいるのか、今更実感しても遅いのにと涙が出そうになる。 鼻がツンとしてきたとき、丁度店員がデザートを持って現れた。 豪の興味は完全にそちらに移ったようで、烈は安堵しながら軽く目頭を押えた。 目の前に出てきたクイーンを名乗るにふさわしいごっついパフェに、 どうしたものかと上から順番に取り掛かっていると、ぐいと豪に腕を掴まれた。 「えっ…?なんだよ?」 思いのほか強い力に狼狽するが、豪は真面目な顔して烈の腕を掴んで巨大なパフェにスプーンをさす。 そのまま豪は自分の方に烈の腕を寄せてパフェを頬張った。 「ご…ごぉ…」 烈があっけにとられていると、豪はこともなげに言った。 「だって、素直にくれって言ったって、兄貴くれないじゃん。」 指についたクリームを舐め取りながら豪は烈の腕を解放した。 どうしてこの男はこれほどまでに自分の心を乱すのか、と烈は天を仰いだ。 (…勘弁してくれ…本当に、お前が手放せなくなる…) 頭も心もぐちゃぐちゃになっていくのを烈は感じた。 デザートを食べ終わると…とは言ってもパフェも半分以上は豪の胃袋に入ったのだが。 豪はスムージーのストローをぐるぐると回しながらタイミングをはかっているようだった。 目の前のコーヒーを口に運び、烈はそろそろ自分も覚悟を決めなければと考えていた。 豪が望むなら別れても…と。 実際いま豪はカンナと付き合っているわけで烈との仲は微妙なものになっているし。 ふと溜息をついてカップをソーサーに戻すと、その手を豪に掴まれた。 先ほどのパフェのようにコーヒーも同じように飲むつもりか、と一瞬考えた烈に、 豪は真剣な顔で烈を見つめた。 「オレ…烈が、好きだ。付き合って欲しい。」 「…は?」 たっぷり10秒、まばたきもせず烈は豪を見つめた。 てっきり別れ話だと思っていたから何を言われているのか分からなかった。 「…ダメ…?」 「えっ…ダメ…って…お前……なんで?」 あまりにも唐突な豪の告白に、烈は小首をかしげて豪に問い返す。 「オレはもう烈しかダメなんだよ。だから何があっても手放したくないし、もう離さないって決めてる。」 「豪…」 「だから…もう、覚悟決めてオレと堕ちるとこまで堕ちて欲しい。」 「堕ちるとこって…」 訳がわからないと、烈が目で豪に訴える。 「オレ、立花にオレと兄貴が付き合ってること、学校中に言いふらすって言われて。 それで付き合うことになったんだけど、やっぱり兄貴じゃないとダメなんだ。」 「豪…お前…」 「兄貴が傷ついても、嫌がっても、オレもう兄貴と離れたくない。 立花に言いふらされて兄貴が傷ついたとしても、オレ兄貴と一緒に居たいから。 だから、オレと一緒に噂になって欲しいんだ。」 真剣な豪の目と言葉に、烈は全身が歓喜するのを感じた。 けれど、そんな事をしらない豪は答えない烈を前に、だんだん表情が曇っていく。 「ちょっとくらいの傷ならすぐにオレが癒すし!兄貴も男の子だから大丈夫だろ?だから…」 「…だから…?」 答えなんか決まっている。 でも豪の口からもう一度聞きたいと、烈は目の前の豪を見つめた。 「烈、オレと付き合ってください。」 |
次は最終章。 カンナと決着つけて、いい形にしたいなぁ。 やっぱり豪烈は豪がぐいぐい行くのが理想です。 烈→豪から始まって、豪→烈で終わる感じでしょうか。 |