今まで自分のしてきたことに『責任』なんて感じたことはなかった。
やっぱ、どっか甘えてたんだろうな。
まさかこんなことになるとは…。
烈兄貴になんて言おう。





はじめてものがたり ハプニング





「んだよ、こんなトコロに呼び出して。」
「星場、あんた実の兄貴と付き合ってんの?」
1時限目はとっくに始まってしまっている。
昨日の立花カンナに連れられて校舎裏まで来て、話を催促すると唐突に切り出された。
一瞬ドキリとしたものの、豪は努めてポーカーフェイスを装って否定した。
「お前、そんなくだらない事言うために俺に授業サボらせたわけ?」
「くだらないことじゃないと思うけど?」
腕を組んで立つのがカンナのクセなのだろうか。
どこか尊大な態度で豪は気に入らない。
「俺が兄貴と付き合ってたとしたらどうなんだよ?それでお前に迷惑かけたわけじゃないだろ?
お前にカンケーないじゃん。」
「アタシ、付き合って欲しいって言ったよね?」
「俺昨日断ったと思うけど。それに、それと俺の兄貴となんの関係があるわけ?」
ガシャン、と金網に凭れて豪こそ腕を組んだ。
「別にアタシ、星場が誰を好きでも構わない。でもアタシも星場が好きだから。
軽い気持ちなんかじゃない。ちゃんと好きだから付き合って欲しいの。」
カンナの思いのほか真剣な言葉に、豪はちょっと驚き目を見開いたあと、ゆっくりと起き上がった。
「だったら尚更、オレお前と付き合えない。お前の本気に絶対応えられねーから。」
「それは、アンタが兄貴と付き合ってるから?」
「オレが誰を好きでも構わないんだろ?兄貴は関係ないって言ってる。」
カンナがこれ以上何か言い出す前に、豪はこの場を離れた方が良いと判断した。
立ち去ろうとする豪の背中に、カンナが言葉をかけた。
「星場、あんたには関係ないかも知れないけど、あんたの兄貴には関係あるんじゃない?」
少し震えたカンナの声。
すっぱりと豪に断られたのが悔しいのか、それともこれから言おうとしている言葉へのものか。
目じりにうっすら涙も浮かべていた。
「星場は強いし図太いから周りから何を言われても平気かもしれない。
でも、アンタの兄貴はどう?見るからに繊細そうじゃん。
校内で、実の弟と付き合ってますってウワサがちょっとでも流れたら、セイシン的に潰れちゃうんじゃない?」
この言葉に、豪がゆっくりとカンナを振り返る。
明らかに怒気をまとった視線をカンナに向けた。
その雰囲気に飲まれそうになるが、更に言葉を続けた。
「アンタが誰を好きでも構わない。アタシと付き合ってくれるなら。
でもそうでないなら、昨日電車で星場と兄貴がしてたこと、学校に広めても良い。」
そこで豪の顔が曇る。
昨日の電車での一件を見られていたなら、もう烈が関係ないと言い張るよりも事実を伝えて、
カンナに諦めさせることの方が簡単に思えた。
「…そんな事して何がお前のタメになるんだよ?
俺は兄貴が好きだし、俺がお前を好きになるなんて絶対ない。
そんな状態で付き合ってるって言えんの?虚しくならねー?」
「好きな人じゃないと意味がないって、星場なら分かってると思うけど。」
意外とキッパリ言い返し、カンナは続けた。
「別に、ずっと星場の兄貴を人質みたいにして付き合うつもりはないよ。1ヶ月だけで良い。」
「…ますます俺にはわかんねー。お前の考えてる事。」
頭を掻きながら、豪はカンナを見る。
「わかってもらおうなんて思ってないし。アンタは1ヶ月だけアタシと付き合ってくれたら良いの。
今まで散々女を変えてきたんだから、今更アタシ一人増えたところで変わらないでしょ?」
兄貴が大事なら、穏便に済ませたいなら…と続けるカンナに豪は宙を仰いだ。





1限が終わった後、教室に戻ってきた豪の浮かない顔に高木が声を掛ける。
「お前、立花のお嬢様にまで狙われてんの?」
軽口のつもりだったのだが、思いのほか乗ってこない豪に眉をひそめた。
「立花、なんだって?」
「…1ヶ月で良いから付き合って欲しいってさ。兄貴を人質に取られた。」
「星場兄を人質に?」
「昨日の電車での事、どうやら見られてたみてー」
席に着き、がっくりと項垂れてそのままぺしゃりと机に突っ伏す。
「俺、もう何があっても"来るもの拒まず"はしねぇ。」
めっちゃ後悔、と泣きそうな勢いで高木を見上げる。
「…お前、立花と付き合うことにしたんだ?」
表情を曇らせる高木に、豪は言い訳をする。
「仕方ねーじゃん…。アイツ、俺と兄貴が付き合ってるって言いふらすって言うんだぜ…。
俺はともかく、そんなウワサ流されたら兄貴は潰れるって。よく分かってるよ、あの女。」
「どうすんだよ、愛しのお兄様になんて説明するんだ?」
「考え中。正直に話しても嘘ついても、きっと兄貴ドン引きだよ。。。」
今にも死にそうな顔をする豪。
先ほどまで浮かれて惚気話をしていた同一人物とは思えない。
「言われちゃったんだよねー…。"今まで散々女と遊んできたんだから、今更一人増えたって変わらない"って」
「哀れだとは思うが…正直自分で撒いた種だな。」
救う余地無しと続けて高木は豪の頭を軽く小突いた。
「…あー…兄貴を抱きしめたい…」
「今のお前にそんな資格はない。」
すっぱりと言い切って、高木は複雑そうな顔をする。
「正直に話した方が良いんじゃないのか?」
「…1ヶ月他の女と付き合うことになったって?
それは兄貴との関係を学校内に言いふらされないようにするためだって?
元は、俺が女の気持ち考えずに付き合ってたのが悪いわけで…そんな事兄貴に言えねぇよ」
机をガタガタ揺らす豪はまるで駄々っ子のようだ。
こんな弟をよく兄である星場烈は恋愛対象としてみることが出来たものだ、と高木は感心する。
「じゃあ1ヶ月の間どうするんだよ?
お前のウワサなんか多分次の休み時間には学校中にいきわたるぞ。」
「…イガイタイ…」





果たして、高木の予言(?)は現実に。
3時限の休み時間には烈のクラスにも豪と立花カンナの噂は届いた。
「お前の弟、よくやるなぁ。」
噂を聞いた八田の第一声。
「少しは落ち着いたと思ったのに、前の彼女と別れてから…2ヶ月か。まぁ間としては最長記録かな?」
続く言葉に烈ははぁ、とため息をついた。
「まったく、我が弟ながらお恥ずかしい限りだよ。」
苦笑交じりではあるものの、内心気が気でないのは確かだ。
立花カンナとは確か昨日告白してきたあの女生徒ではなかろうか、と記憶をめぐらせその容姿を思い出す。
「コメントはそれだけか、星場烈?」
八田の銀縁めがねがキラリと光った気がした。
八田も星場兄弟の関係を知る数少ない人物の一人。
「コメントって…。豪からはなにも聞いてないし。」
「でもこの噂の発信源は他ならぬ立花カンナという女なんだろ?」
確かにそのようだ。
しかし、昨日豪は確かに立花カンナの告白に対して断った筈だ。
昨日の夜も、今朝も豪の様子は至って普通だった。
一緒に登校もしてきたから、もしこの噂が本当なのだとしたら、登校後の出来事ということになる。
昨日の夜、というポイントで烈は公園での出来事を思い出し、我知らず頬が染まった。
「思い出し照れか?星場烈。随分と余裕だな。」
相変わらずの八田の発言。
「別に…なんでもないっ」
慌てて次の教科のテキストを取り出すが、明らかに動揺している。
「烈。お前大学どうするんだ?県外希望だったよな?」
「あぁ…。一応W大を希望してるけど。」
「下宿となるとあの弟、納得しないんじゃないのか?」
「…だろうなぁ…あー見えて兄貴離れが出来てない奴だから。」
話題が逸れたことにほっと安心するが、八田の次の言葉に烈の表情は曇った。
「星場豪の噂の真偽の程は分からんが。お前が家を離れるならまた寂しがって女遊びが復活しないとも限らんのじゃないか?」
ない、とは断言できないが、できればあっては欲しくないところだ。
少し考えこんだ烈にクラスの女子から来客を告げられた。
扉を見ると、件の立花カンナが立っていた。





「立花、カンナちゃん…だっけ?どうしたの?」
うつむいて立ち尽くすカンナに、烈は極力優しく声を掛けた。
「星場…先輩。アタシ、アナタの弟の星場豪と付き合うことになったんです。」
「…あぁ…噂は聞いてるけど…」
カンナの言葉に動揺したが、それを表情に出さないように努めた。
基本的にポーカーフェイスと外面を装うことは得意な方だ。
「信じてない、って顔ですね。
どうしてそんなに自信があるのか知りませんケド、星場豪に聞いてみてもらえば分かります。」
カンナは烈をぐっと見据えると明らかに敵視した口調で続けた。
「アタシ、負けませんから。」
カンナの言葉に、烈はかろうじて笑顔を貼り付けた。





長い一日が終わって。
教室を出ると立花カンナが待っていた。
「…少しはニコリと笑ったらどぉ?」
出てきた豪の腕を取り、下駄箱に向かって歩く。
うんざりした表情でカンナの好きにさせながら、そういえば今日烈は生徒会の会議で遅くなるんだったな、と思いを馳せた。
そして次に考えることはこの状況をどのように説明するか、だ。
正直に話せば烈は許してくれるかも知れない。
でも今まで築き上げてきた関係はまた一から振り出し…むしろマイナスからのスタートかも知れない。
嘘をついてごまかしたとしても、その嘘がバレた時の烈の怒りを考えると迂闊な事は言えない。
どちらにしても、豪の、一度堰を切った烈への想いがそう簡単に止まる事はまずありえず。
今よりも関係が後退する事は絶対に耐えられない。
かといってカンナの申し出を断れば烈に絶大なダメージを与えるだろう…。
もう八方塞がり状態だ。
深く深くため息をつくと、横からカンナが豪のわき腹にエルボーを食らわせた。
「星場!仮にもアタシはアンタの彼女なんだから少しは楽しそうに歩いてよ!」
「お前…ありえねーだろ。この状況の何が楽しいんだよっ地獄だ!」
「シツレーな奴だなお前!」
カンナは軽く豪の裏ももあたりを蹴る。
「痛てー!お前女がケリ入れんなよ!っとにガサツだな!!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら下駄箱まで歩いて行く二人は、周囲からはじゃれ付いてるようにしか見ない。
やはりあの噂は本当だったのか、ということになり豪は自ら墓穴を掘ることになった。
「…どーせ、アタシはガサツだよ。アンタの兄貴とは大違いだって思ってんでしょ?」
上履きから靴に履き替え外に出るとカンナは豪の横に立って歩きながら長身の豪を見上げた。
「いーや。あー見えて烈兄貴は俺には容赦ねーんだ。
ガキん頃からパーで叩かれるなんてしょっちゅう。」
「へぇ…あの優しそうな星場センパイがねぇ…。」
「優しいのは俺以外に対してだけ。兄貴は外面の良さは超完璧。
でもさ、最近俺にしか見せない表情が増えてさ…」
最後のほうではデレっと鼻の下を延ばしながら語る豪に、カンナは眉をひそめる。
「アンタ、本当に星場センパイが好きなんだね。」
「ハナから言ってるだろー?俺兄貴以外を好きになることなんてないね。」
「何、その自信。」
「ま、足掛け10年の恋だから。」
「10年…ずっと片想いだったわけ?」
びっくりして見上げるカンナに豪はなんともいえない笑顔で頷いた。
「まーな。だから、俺兄貴だけは大切にしたいんだ。マジで。」
やっと手に入れたからなぁ…続けられた言葉に、カンナは豪の腕にさらに強く腕を絡めることで中断させた。
「今はアタシがアンタの彼女…でしょ。アンタが守るべきはアタシ。星場センパイじゃない。」
「…わかってるよ。」
明らかに不機嫌な豪にカンナは辛くなった。





「ただいまー」
思いのほか長引いた生徒会役員会議が終了し自宅に戻ると、玄関で豪が正座状態で待っていた。
「お帰り烈兄貴。俺、お話があります。」
そんな豪の様子を見て、烈はため息をついた。
「知ってるよ。昨日の立花カンナちゃんと付き合うことにしたんだろ?」
「…うっ…そうなんだけど…話を聞いてくれませんか…?」
おどおどと烈の様子を伺う豪に一瞥くれると、烈は無言で玄関に上がり階段を上った。
その後を豪が追いかける。
「待ってよ烈兄貴!俺…なんて言って良いか…」
「言い訳は聞かない。お前が決めたことなら僕はそれで良い。」
部屋の前で一度豪を振り返り、烈は豪を突き放すように言い切った。
「兄貴…俺…」
情けなく泣きそうな自分を叱咤して豪は烈の肩に手を伸ばす。
その手をさり気なくかわしながら、烈は自室の扉を開けた。
「豪、お前今カンナちゃんと付き合ってるんだろ?彼女の事を思えば僕に構ってる時間なんてないんじゃないのか?」
「兄貴!」
表情も言葉も穏やかではあるけれど、豪を拒絶する言葉達。
烈に拒絶されることが想像以上に堪える。
部屋に入る烈に続いて豪も室内に入ろうとするが、直前で扉がしまる。
薄い板一枚の扉が、今は何十トンもの鉄板以上に分厚く、重たいものに思えた。
「烈兄貴聞いてよ…確かに今俺…立花と付き合うって事になってるけど1ヶ月限定だし。
それに俺が好きなのは兄貴だって立花には言ってあるから…」
扉の前で切実に訴える豪。
声が震えて涙声になっているのは良く分かったが、豪はどうして良いか分からない。
ただただ自分の気持ちを伝えたかった。
烈が帰宅するまで悶々と考え続けた言い訳も言い方も全てがすっ飛んでいた。
「烈あにきぃ〜…お願いだから聞いて。俺を嫌わないでっ…」
鼻をぐずぐず鳴らし始めたところで、扉が開いた。
制服のブレザーからパーカーにジーンズといった軽装に着替えた烈が呆れ顔で豪を部屋に招き入れた。
「情けない奴だな、お前。」
「うぅ…あにきぃ〜…」
扉が開いてちょっと安心したためか、涙腺が一気に緩んで豪の顔はぐしゃぐしゃと崩れる。
招き入れられた部屋で、豪は背後から凭れ掛かるように烈に抱きついた。
「兄貴ー…ごめんなさい…」
ぐしゅぐしゅと泣きながら謝る豪に、とにかく落ち着けと烈は頭を撫でてやった。





本気で泣いたのは何時振りか。
豪は泣きすぎて痛む頭と、かみすぎで赤くなった鼻がヒリヒリするのを感じながら、
烈のベッドに寝かされている。
落ち着くまでぽんぽんとあやすように豪の胸を叩いている烈。
「あたま…痛い…」
「16になった男が、たかだかオニイチャンに邪険にされただけで本泣きするか?普通。」
あきれた、といわんばかりの烈の『オニイチャン』の言葉に豪は胸が締め付けられる。
「もう、兄貴は俺の恋人で居てくれないの…?」
「カンナちゃんと付き合ってるんだろ。カンナちゃんがお前の恋人だ。」
烈の言葉にまた豪がじんわりと涙を浮かべる。
「こら、豪。また泣くつもりか?」
「だって…兄貴…俺の話聞く耳持ってくれないじゃんか。」
「あのなぁ…。泣きたいのは僕のほうだって普通思わないか?
恋人だと思ってた奴が、突然他の子と付き合うって噂で知って。
別れ話も状況の説明もなくそんな噂だけ耳に入って。生徒会の役員会議でもその話題で持ちきりだし。
お前の弟、今度は社長令嬢と付き合ってるんだなって言われて。
お前に僕の気持ちが分かるのか?」
軽くあやすように豪を叩いていた手が、次第に怒りを込めるように本気で叩く行為に変わっていき、
豪は烈の怒りの度合いを思い知る。
「だから…説明させてよ烈兄貴…」
口調や表情は情けないが、想像以上の力で豪を叩く烈の手を取る。
ベッドから上半身を起こし、ベッドサイドに座り込んでいた烈を引き寄せて抱きしめた。
「俺が好きなのは烈兄貴だけだよ。今までも、これからもそれは変わらない。
まずコレだけは信じて欲しい。…ダメ?」
ぎゅうぎゅうと烈を抱きしめる腕に力を込めて、願うように囁いた。
「…………豪…」
肯定も否定もしない烈に構わず豪は続けた。
烈の沈黙に耐えられなかった。
「俺、立花には言ったんだ。ちゃんと。兄貴以外を好きになる事はないって。
でも立花はそれでも良いって言うから…それも1ヶ月限定で。」
「…その理由を、お前は知ってるのか?」
烈から問われて豪は首を横に振る。
「知らねー…俺、烈兄貴の事以外、知りたいとも思わない。
それに、元はと言えば俺が自分で撒いた種なんだ…。
立花に言われた。今まで来るもの拒まずだったんだから、今更一人増えても変わらないだろって。
確かに…告ってくる奴の気持ちも考えずに付き合ってた俺が悪いって思ったから…
俺のせいで兄貴に嫌な思いさせたくないって思った。でも結局…どうしたって兄貴には嫌な思いさせちゃったんだな、俺…」
豪の言葉に、烈は深くため息をついて豪の胸を押し返した。
豪の腕から逃れて、逆に豪の頬を両手で包み込む。
「とりあえず、お前がそれなりに考えてることは分かった。だから、僕も教えてやるよ。」
何を?と問おうとして豪の目じりにたまる涙をキスで拭う烈を思わず抱きしめた。
その咄嗟の行動に烈は苦笑をこぼしながら、ぽんぽんと豪の頭を撫でてやった。

「今日、カンナちゃんが僕の教室に来たよ。」
「…立花が…?」









駄々っ子豪。
男の子なんだから泣いちゃダメだろうって思いながらも。
そして烈兄貴はさすがお兄ちゃん。豪が泣いてもどんと構える感じがね。

さて、オリキャラであるところの立花カンナちゃんと高木くんが出張っております。
でもそろそろ豪烈兄弟に絞って行きたい所存。